石井大裕さんの実家って、実はかなりすごいんです。
ご両親ともに教育事業を営む”教育一家”で育ち、お母さんは台湾出身のハーフ。
2026年にはTBSを退社して新会社を立ち上げるなど、その原動力は実家にあったのかもしれません。
・石井大裕の実家がある場所と両親の職業
・母が台湾出身で教育一家として知られる石井家の全貌
・妻がロッテ会長令嬢という結婚事情やTBS退職後の現在
石井大裕の実家は大田区の教育一家!両親の職業と家庭環境
石井大裕さんの実家がどんな家庭なのか、気になっている方は多いのではないでしょうか。
調べてみると、ご両親ともに教育の世界で活躍されていて、まさに”教育一家”と呼ぶにふさわしい環境で育っていたことがわかります。
父・石井丈博が営む石井学習塾とは
石井大裕さんのお父さんの名前は、石井丈博(いしい・たけひろ)さんです。
1952年生まれの丈博さんは、1978年に東京都大田区で「石井学習塾」を開塾しました。
石井大裕さんが1985年生まれですから、大裕さんが生まれる7年も前から教育の現場に立っていたことになりますね。
この石井学習塾、ただの勉強を教える塾ではないのが特徴的です。
子供たちの持っている可能性を最大限に伸ばすため、道徳教育を含めた勉強だけでなく、運動の指導も行ってきたといいます。
つまり、「勉強も運動もバランスよく」という教育方針で、40年以上にわたって地域の子供たちを育ててきた塾なんです。
石井大裕さんが幼い頃からテニスに打ち込み、勉強面でも慶應に進学できたのは、まさにこのお父さんの教育哲学がベースにあったのかもしれません。
……なんだか、納得しちゃいますよね。
父の著書と7つの要素の教育方針
丈博さんは「運動嫌いを直せば、子どもの自信・やる気・持続力はグングン伸びる」という著書も出されています。
この本では「7つの要素」を大切にしており、どの要素から取り組んでもよいが、その中から一番いいものを1つ伸ばしていく、という考え方が紹介されているそうです。
石井大裕さんの場合、それがテニスだったわけですね。
お父さんの「一番いいものを伸ばす」という考え方が、息子の才能を世界レベルにまで引き上げる原動力になったのだと思うと、教育者としての丈博さんのすごさが伝わってきます。
母・石井美恵子は台湾出身でつくし会を運営
石井大裕さんのお母さんの名前は石井美恵子さんです。
美恵子さんは台湾出身で、石井大裕さんは日本人の父と台湾人の母を持つハーフということになります。
Wikipediaでも「台湾系日本人」と記載されていますね。
お母さんも教育の世界で活躍されていて、「つくし会幼児研究所」という幼児教育を中心とした教育事業を運営されてきました。
ご両親ともに教育事業に携わっているというのは、本当に筋金入りの教育一家です。
お母さんが台湾出身ということで、石井大裕さんにも兄の大貴さんにも、台湾にたくさんの親戚やお友達がいるそうです。
この国際的な家庭環境が、石井大裕さんの英語力や海外での活動にも影響を与えていることは間違いなさそうですね。
幼少期からテニスに打ち込んだ生い立ち
石井大裕さんは東京都大田区で生まれ育ちました。
慶應義塾幼稚舎に通っていた時代からテニスを始め、めきめきと実力をつけていきます。
小学校6年時には東京都ジュニアテニス大会の12歳以下部門で優勝するという快挙を達成。
さらに、松岡修造さんが主催する「修造チャレンジトップジュニア」に参加し、なんと主将を務めました。
このキャンプには当時小学6年生だった錦織圭さんも参加しており、年上の石井大裕さんに憧れていたというエピソードがあります。
……あの世界の錦織圭さんが憧れた存在って、それだけですごいですよね。
ちなみに2人は練習試合で対戦していて、結果は錦織さんの勝利だったそうです。
実家の教育方針と経済的な支えがあってこそ、幼い頃から本格的にテニスに打ち込める環境が整っていたのだと感じます。
慶應幼稚舎からの学歴と教育方針
石井大裕さんの学歴は、慶應義塾幼稚舎→慶應義塾高等学校→慶應義塾大学法学部政治学科という、いわゆる慶應のエスカレーター組です。
幼稚舎から慶應に通っているというだけでも、ご家庭の教育への意識の高さがうかがえます。
慶應幼稚舎に入るのは非常に難しいことで知られていますが、教育者であるご両親のもとで育った環境が大きかったのでしょう。
石井学習塾を営むお父さんと、つくし会幼児研究所を運営するお母さんという組み合わせを考えると、「教育のプロ夫婦」が自分の子供をどう育てるか、という壮大な実践の結果とも言えそうです。
ここ、気になりますよね。
兄の大貴さんも慶應出身で大学院の博士課程まで進んでいますし、石井家の教育レベルの高さには脱帽です。
実家の支えで世界を転戦したテニス時代
石井大裕さんは慶應義塾高等学校3年時に、全日本ジュニア選抜室内テニス選手権シングルスでノーシードながら準優勝を果たしています。
さらに国際大会にも積極的に参戦し、2002年の世界スーパージュニアテニス選手権大会ダブルスでは、セルゲイ・ブブカ・ジュニアと組んでベスト4に進出。
ジェイミー・マレー(アンディー・マレーの兄でダブルス世界1位の実績あり)とペアを組んでタイの国際ジュニア大会ダブルスで優勝するなど、世界トップクラスの選手たちと肩を並べて戦っていた実力者だったんです。
16歳の頃にはセルゲイ・ブブカ(棒高跳びの世界記録保持者)の家に居候していたという驚きのエピソードもあります。
慶應義塾大学進学後も、イタリアを拠点にITFフューチャーズ大会に挑戦していましたが、怪我が相次ぎ、2006年にプロテニスの道を断念しました。
海外遠征には多額の費用がかかりますが、石井学習塾を経営する実家の経済力があってこそ、世界中を転戦するテニス生活が送れたのだと考えられます。
石井大裕の実家を調べる人向けの関連情報
石井大裕さんの実家について調べていると、結婚相手や兄弟、キャリアなど気になるトピックがたくさん出てきます。
ここからは、関連する情報をまとめてお届けしますね。
結婚相手は韓国ロッテ会長の令嬢
石井大裕さんは2017年5月に結婚しています。
お相手は、なんと韓国ロッテグループ会長・重光昭夫(シン・ドンビン)氏の次女です。
名前はシン・スンウンさんで、結婚当時は24歳。
東京都内の私立大学を卒業後、日本の民間企業に就職していたそうです。
石井大裕さんより8歳年下のお嫁さんということになりますね。
週刊文春がこの結婚を報じた際、TBS側は非公開を希望していたとも言われています。
お嫁さんのお父さんである重光昭夫氏は、韓国を代表する財閥・ロッテグループの会長ですから、実家のスケールが桁違いです。
……控えめに言って、すごすぎますよね。
2019年に第一子誕生
2019年4月には第一子となる女の子が誕生しています。
出産に立ち会った石井大裕さんは感激のあまり号泣したのだとか。
33歳で初めて父になった石井大裕さんは、子供にテニスをやらせたいかと聞かれて「絶対にやらせません。ケガしたら大変でしょう」と即答する親バカぶりを見せています。
自分自身がテニスで怪我に苦しんだ経験があるからこそ、子供には違う道を歩んでほしいという思いがあるのかもしれません。
妻のロッテ一族との豪華な結婚式
結婚式は2017年5月13日に帝国ホテルで開催され、約300人が出席するという盛大なものでした。
政界・財界・スポーツ界の著名人が一堂に会するような豪華な披露宴だったそうです。
披露宴の司会を務めたのは、当時「あさチャン!」で共演していた夏目三久さん。
ただし、この結婚式のタイミングはちょっと複雑な時期でもありました。
新婦の父・重光昭夫氏は、韓国ロッテグループの「お家騒動」の渦中にいたのです。
TBS側がお嫁さんの父親の名前を報道しないよう自粛していたとも言われており、おめでたい結婚式の裏ではいろいろと気を遣う場面もあったようです。
兄・石井大貴との音楽ユニット活動
石井大裕さんには3歳年上の兄・石井大貴(いしい・ともたか)さんがいます。
大貴さんも慶應出身で、最終学歴は慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科博士課程という高学歴。
TBSの営業局に勤務していたこともあり、兄弟そろってTBS社員だったんですね。
2014年には、兄弟で音楽ユニット「Well stone bros.(ウエルストーンブラザーズ)」を結成し、エイベックスからCDデビューを果たしています。
テニスもできて、音楽もできて、アナウンサーとしても活躍して……石井大裕さんの多才ぶりには驚かされますが、同じ環境で育った兄もまた優秀というところに、石井家の教育力の高さを感じます。
英語力が高い理由と国際派の背景
石井大裕さんは英語がペラペラなことでも知られています。
国際大会で通訳なしでインタビューをこなし、WBC、世界陸上、バレーボールネーションズリーグなど、TBSのスポーツ中継に欠かせない存在として活躍してきました。
英語力の背景には、テニスプレイヤー時代の海外遠征経験が大きいと言われています。
若い頃から世界各国を転戦し、外国人選手たちと日常的にコミュニケーションを取ってきた経験が、自然と英語力を磨いたのでしょう。
さらに、お母さんが台湾出身ということで中国語もできるそうです。
英語と中国語が話せて、テニスの国際経験も豊富という、まさに国際派のアナウンサーなんです。
棒高跳びのデュプランティス選手のカラオケ予約を代行したなんていう面白いエピソードもあり、選手からの信頼の厚さがうかがえます。
身長185cmの元テニスプレイヤー
石井大裕さんの身長は185cmです。
男性アナウンサーとしてはかなりの高身長ですよね。
この恵まれた体格は、テニスプレイヤーとして活躍していた時代にも大きなアドバンテージだったはずです。
血液型はA型で、趣味は読書と音楽鑑賞。
テニスの腕前と長身、さらに慶應卒のインテリと、スペックの高さに「すごすぎる」「かっこいい」という声が多い一方、熱すぎる実況スタイルに「ウザイ」「嫌い」と感じる人もいるようです。
ただ、そのまっすぐな熱さは松岡修造さんから受け継いだものとも言われていて、個人的にはそこが石井大裕さんの魅力だと思います。
TBS退職と新会社TOMODE BASEの設立
石井大裕さんは2026年1月6日付でTBSテレビを退社しています。
翌1月7日には自ら新会社「TOMODE BASE(トモードベース)」を設立し、社長に就任しました。
会社名の由来は、自身の名前から「とも」、流行などの意味の「モード」、拠点の「ベース」を組み合わせたものです。
TBSの社則では社員と法人代表の兼務ができないため、新会社設立にあたって退社を選んだとのこと。
TOMODE BASEでは、自身が出演者兼プロデューサーとして、スポーツや日本文化など日本の優れたコンテンツを世界に発信するメディア事業を目指しています。
フリーアナウンサーとしての活動も継続しており、安定したTBSを離れてでも挑戦したいという強い意志が伝わってきます。
教育者の家庭で育ち、テニスで世界を経験し、アナウンサーとしてキャリアを積んだ石井大裕さんが、次のステージとして選んだ道。
実家で培われた「挑戦する精神」が、ここにも生きているような気がしますね。
夏目三久との号泣エピソード
石井大裕さんといえば、「熱い男」としてのイメージが強いですよね。
その象徴的なエピソードが、2016年10月のプロ野球ドラフト特番での出来事です。
日本学園の大江竜聖投手が巨人に6位指名された際、石井大裕さんは取材中に大号泣。
選手やそのお父さん以上に泣いてしまったのです。
翌朝の「あさチャン!」で、共演者の夏目三久さんから「あれはない」と注意される一幕がありました。
石井大裕さん自身、以前「選手が主役だから泣くのはない」と語っていたにもかかわらず、自分が一番泣いてしまったという、なんとも人間味あふれるエピソードです。
しかも翌日のオンエアでも泣いていたというから、もう筋金入りですよね。
ちなみに、この夏目三久さんは後に石井大裕さんの結婚式で司会を務めていますので、お互いに信頼関係のある仲だからこそ言えた一言だったのかもしれません。
……なんか、いいですよね。
石井大裕の実家のまとめ
- 実家は東京都大田区にある
- 父・石井丈博は1978年に石井学習塾を開塾した教育者
- 母・石井美恵子は台湾出身で、つくし会幼児研究所を運営
- 両親ともに教育事業に携わる「教育一家」
- 父の教育方針は勉強と運動のバランスを重視するもの
- 父は「運動嫌いを直せば…」の著書も出版している
- 石井大裕は慶應幼稚舎から慶應大学法学部までのエスカレーター組
- 兄・石井大貴も慶應大学院博士課程修了の秀才
- 幼少期からテニスに打ち込み、小6で東京都ジュニア大会優勝
- 修造チャレンジでは主将を務め、錦織圭も憧れた存在
- 実家の経済力が海外テニス転戦を支えたとされる
- 結婚相手は韓国ロッテグループ会長・重光昭夫の次女
- 2017年5月に帝国ホテルで約300人出席の豪華結婚式を挙げた
- 2026年1月にTBSを退社し、新会社TOMODE BASEを設立
- フリーアナウンサーとしても活動を継続している

