その打ち上げの夜、山下久美子さんの目の前で今井美樹さんは言いました——「私、途中下車しまーすっ!」と。
自分の夫と自分の友人が、どういう関係にあるかを突きつけられた瞬間のことです。
今でも「今井美樹さんを純粋に聴けない」という人がいるほど語り継がれるこのスキャンダル、自伝に書かれている事実と書かれていない噂を整理しながら、2人の関係の全真相を解説します。
・山下久美子と今井美樹がもともと親友だったのに関係が壊れた経緯
・自伝『ある愛の詩』に実際に書かれていること・いないこと
・2026年現在の山下久美子・今井美樹・布袋寅泰それぞれの近況
山下久美子と今井美樹の関係と略奪愛の全真相
山下久美子さんと今井美樹さんの間に何があったのか、気になって調べている方も多いんじゃないでしょうか。
実はこの2人、かつては芸能界の先輩・後輩として深い信頼関係を持つ友人同士でした。
ところが1990年代、その関係は「略奪愛」という言葉で語られる複雑なものに変わっていきます。
ここでは2人の関係の全経緯を、できるだけ詳しく追っていきます。
山下久美子と今井美樹はもともと親友だった
山下久美子さんといえば、1982年のシングル「赤道小町ドキッ」で大ブレイクした歌手です。
ライブでは観客が一斉に総立ちになることから「総立ちの久美子」「学園祭の女王」とも呼ばれていました。
今でいうロック系女性アーティストの先駆け的な存在ですよね。
一方の今井美樹さんは、山下さんより4歳年下の1963年生まれ。
宮崎県出身で、モデルを経て1986年に歌手デビュー。
バブル全盛期の80年代後半にはファッションリーダーとして女性たちの憧れの的になった存在です。
2人の出会いのきっかけは、山下さんのサポートバンド「PaPa」のドラム・椎野恭一さんでした。
椎野さんが今井さんと交際していたという縁から、2人は芸能界の先輩・後輩として知り合うことになったのです。
やがて女性シンガー同士として意気投合し、山下さんは今井さんのことを「真摯で情熱的な女性」と感じるほどになります。
1993年秋の山下さんのツアー用パンフレットには、今井さんが「友人知人」の1人として「久美子さんのファン、大好きです」とコメントを寄せているほど。
この時点では、2人は互いの悩みを話し合える信頼できる友人関係にあったと言えます。
2人の関係を示す客観的な証拠
実は1994年9月8日、山下さんはフジテレビの人気番組「笑っていいとも」テレフォンショッキングに出演した際、今井美樹さんをお友達として指名しています。
これは2人の仲が当時いかに深かったかを示す象徴的なエピソードです。
後に不倫が明らかになるわけですが、この「笑っていいとも」の指名はその直前のこと。
その時期に山下さんは2人の関係を疑いながらも、まだ公の場では友人関係を維持していたということになります。
……なんとも言えない複雑さを感じますよね。
布袋寅泰と今井美樹の楽曲提供から始まった親密化
2人の関係を語る上で欠かせないのが、布袋寅泰さんの存在です。
山下久美子さんと布袋さんは1985年に出会い、同年中にスピード結婚を果たした夫婦でした。
布袋さんは当時まだ無名のギタリスト。
山下さんのアルバム「BLONDE」のレコーディングに、プロデューサーがサポートギターとして連れてきたのが始まりです。
当時は4歳年上の山下さんの方が知名度がはるかに高く、「格差結婚」などと言われたほどでした。
しかしBOOWYのブレイクによって立場が逆転し、布袋さんは日本を代表するギタリストへと成長していきます。
華やかな結婚式と二人の船出
2人の結婚式は1986年1月27日、六本木のフランシスカン・チャベルセンターで行われました。
当日は100人を超える報道陣が駆けつけるほどの注目を集め、吉川晃司さん、アン・ルイスさん、大沢誉志幸さん、桑田佳祐さんらが豪華な演奏を披露しました。
布袋さんはリハーサルから号泣し、「緊張して心臓が止まっちゃうかなと思ったんだけど、ちゃんと俺が彼女のことを愛してる気持ちが心臓を止めなかったみたい」と熱烈にコメント。
山下さんも「彼のことはすごく好きだし、赤い糸的なものを感じる」と語っていました。
そんな布袋さんと今井美樹さんの関係が変わり始めたのは、1992年に布袋さんが今井さんのアルバム「Flow Into Space」に楽曲提供したことがきっかけです。
今井さんは当初からの布袋さんのファンで、「曲調が違いすぎる」と反対するスタッフを押し切って楽曲提供を依頼したと言われています。
収録曲「The Days I Spent With You」が最初の提供曲で、後に今井さんはライブでこの曲を「私たちはこの曲から始まりました」と紹介しています。
この楽曲提供をきっかけに、布袋さんは今井さんへのプロデューサーとしての関わりを深めていき、次第に2人の間に特別な絆が芽生えていったとされています。
1994年には布袋さんが今井さんのツアー先を訪ねゲスト出演していたことを、山下さんが知ることになります。
しかも布袋さんは妻に何も告げずに行動していました。
1994年3月にはスペインで撮影中の今井さんのもとへ「ちょうどスペインにいた布袋さんが顔を見せていた」という話が山下さんの耳に届き、「変だな」と感じ始めたそうです。
1994年の打ち上げで確信した「途中下車」発言
2人の不倫関係が山下さんにとって決定的になったのは、1994年9月の布袋寅泰さんとジーザス・ジョーンズのジョイントコンサートの打ち上げでの出来事でした。
山下さんが著書『ある愛の詩』(幻冬舎、2002年)に記したエピソードによると、打ち上げの席で布袋さんが「さっきステージで指を折っちゃったかもしれないんだ」と甘えるような仕草で山下さんに手を差し出しました。
山下さんが「どの指?」と手に触れた、その瞬間のことです。
布袋さんの向かい側に座っていた今井美樹さんが、少し苛立った様子でこう言ったのです。
「私 途中下車しまーすっ!」
そのまま席を立っていきました。
著書の中で山下さんはその時の心境を、「え?途中下車って何っ!?言葉の意味を理解するのに、数秒かかった。事態は思ったより深刻だったことに気付いた。」と記しています。
……これはかなりキツいですよね。
自分の目の前で、夫と友人がどういう関係にあるかを突きつけられた瞬間というか。
この「途中下車」発言が、山下さんが2人の不倫関係を実感した決定的な瞬間でした。
自伝に書かれていた恋愛相談の真相
実はこの時期、今井美樹さんが山下久美子さんに「恋愛相談」をしていたというエピソードがあります。
この話、ネット上ではよく「今井が山下に”布袋さんのことが好き”と告白した」という形で伝わっていますが、実際の著書に書かれている内容は少し異なります。
著書によれば、1994年頃に今井さんが山下さんに恋愛の悩みを相談し、こう言ったとされています。
「心の中に広がった想いは、止められないでしょ」
そのとき山下さんはすでに布袋さんと今井さんの噂を耳にしていたため、「まあねえ……」と答えるしかなかったと綴っています。
この会話、想像するだけで胸が痛くなります。
友人から恋愛相談をされているけれど、その相手が自分の夫かもしれないという状況で、どう答えればいいのか。
今井さんは相手が布袋さんだとは明言しないまま、間接的に山下さんに気持ちを伝えていた可能性があります。
また、ネット上では「今井が山下の家に電話して”布袋はシャワー中”と言った」という話も広く流布していますが、著書の記述によると実際は逆で、山下さんが今井さんの家に電話をかけた側でした。
数コール後に「もしもし」と話しかけた途端「あっ」という声が聞こえただけで、その後の詳細は著書には書かれていません。
「ポストに離婚届が投函された」「深夜に何度も電話して別れてと要求した」といったエピソードも広く語られていますが、山下さんの著書にはそのような記述はないとされています。
PRIDEのデモテープを聴いて離婚を決意
2人の関係が完全に決裂したのは、1996年のことです。
その年、布袋寅泰さんが作詞・作曲を手がけた今井美樹さんのシングル「PRIDE」が発売されました。
この曲は160万枚超えのミリオンセラーを記録し、今井さん最大のヒット曲となります。
しかし山下さんにとって「PRIDE」は、婚姻関係の終わりを告げる曲でもありました。
著書には以下のエピソードが記されています。
自宅で偶然テープを見つけ、再生してみると布袋さんが今井さんのために作った新曲のデモが流れてきた。
その歌を聴いた瞬間、「ああ、と思った。初めて彼の彼女への想いを実感できた気がした。嫉妬の感情はもう湧かなかった。ただひんやりとした寂しさが訪れた」と記しています。
さらに1996年2月には、山下さんが自宅の電話料金明細書にタイへの通話記録を発見。
布袋さんのツアーメンバーから、その時期に今井さんがタイで仕事をしていたことを知らされます。
山下さんが「この人(布袋さん)みたいよ」と発言した途端、布袋さんの平手が飛んできたという衝撃のエピソードも著書に残っています。
そして山下さんが「今井美樹さんをどう思っているの?」と問い詰めると、布袋さんは「好き、だよ」と答えました。
「PRIDE」のデモテープと布袋さんの「好きだよ」という言葉——この2つが山下さんにとって離婚を決意するきっかけとなったのです。
1997年4月、山下さんはレコーディングのためロンドンへ旅立ち、7月に帰国。
帰国後2日目に、布袋さんへ「私たち、離婚しましょう」と切り出しました。
そして1997年11月、12年間の結婚生活に終止符が打たれました。
離婚後も憎めなかった山下久美子の心境
離婚後の山下久美子さんの言葉は、多くの人の心を打ちました。
「たとえ、彼に好きな人ができたとしても。憎めたなら、どんなに楽だったか」
この言葉、すごくないですか。
裏切られたにもかかわらず、布袋さんを憎めなかった山下さんの気持ち。
山下さんは2002年に出版した著書『ある愛の詩』を、「あかねとひかるに捧ぐ」という言葉で始めています。
離婚後にシングルマザーとして産んだ双子の娘さんへの献辞です(双子の父親は久しぶりに再会した独身の知人で、名前は公表されていません)。
この本はネット上では「今井美樹の嫌がらせを暴露した本」として知られることがありますが、実際に読んだ方からは「そうではない」という感想が多く寄せられています。
Amazonのレビューには「布袋を憎めない久美子の姿に感動した」「これが真実の愛」「粋でかっこいい」といった声が並びます。
離婚する最後まで「布袋くん」「久美ちゃん」という呼び名も変わらなかったといわれており、12年間の結婚の記憶を大切にしながら前を向いた山下さんの姿は、今も多くのファンに称えられています。
なお、離婚の際に山下さんは南青山に建てた自宅を「この家が好きなの。この家をくれたら他に何もいらない」と財産分与として受け取りました。
世間が今も今井美樹に抱く拒否反応の理由
布袋寅泰さんと今井美樹さんは1999年に再婚し、2002年に長女・愛紗さんが誕生。
2012年には家族でイギリス・ロンドンに移住し、現在もおしどり夫婦として知られています。
ところが2026年2月、今井さんが日本テレビ系の「with MUSIC」という番組で布袋さんとの出会いや「PRIDE」誕生秘話を語ったところ、X(旧Twitter)上に批判的なコメントが多数集まりました。
「結婚生活とか家族のこととか語ってほしくない」「山下久美子さんのこと思うとなぁ」「今井美樹見てると、当時の山下久美子さんが気の毒で仕方ない」——こうした声が今も寄せられているのです。
芸能プロ関係者によれば、「山下さんと今井さんが、互いの悩みを相談し合う友人関係だったことも当時、多くの人に衝撃を与えました。今井さんの曲に対して、いまも純粋に聴けないという人がいても不自然ではありません」とのこと。
「女の友情への裏切り」という視点が、30年近く経った今もなお、今井美樹さんへの拒否反応の根底にあるのです。
また今井さんは「布袋さんの話はしたくない」と言いながら夫婦ネタを連発するという矛盾した姿勢への指摘もあります。
一方で、山下さんが語った「私は私らしく、ひとりの女として生きていこうと心に誓いました」という言葉は、自分だけの誇りを守った女性の言葉として今も語り継がれています。
山下久美子と今井美樹の関係を調べる人向けの関連情報
2人の関係の本質はもちろん、「今は2人それぞれどうしているのか」も気になるところですよね。
ここでは自伝の内容の真偽、山下さんの現在、今井さんの近況などをまとめてご紹介します。
自伝『ある愛の詩』に書かれていることといないこと
山下久美子さんが2002年に幻冬舎から出版した自伝『ある愛の詩』は、略奪愛スキャンダルの一次情報源として扱われることが多い本です。
しかし、実際には本に書かれていない情報がネット上で「書かれていた」かのように流通しているケースが多いため、ここで整理しておきます。
| ネット上の噂 | 実際の著書の内容 |
|---|---|
| 今井が山下の家に「布袋はシャワー中」と電話 | 逆で山下が今井の家に電話。「あっ」という声が聞こえただけ |
| 今井が山下のポストに離婚届を投函 | 著書に記載なし |
| 今井が深夜に何度も電話して「別れて」と要求 | 著書に記載なし |
| 今井が山下に「好きな人がいる」と相談した | 今井が恋愛相談をして「止められないでしょ」と言ったのは事実。ただし相手が布袋とは言っていない |
| 今井が布袋の楽屋に堂々と乗り込んで挑発 | もともと今井は布袋のライブに来ていた。むしろ布袋が今井のツアーについて行っていた(妻に内緒で) |
著書の内容を実際に確認したライターによれば、「本の中で今井美樹は最後まで”彼女”とだけ書かれており、嫌がらせの暴露本という見方は誤りだ」とのことです。
『ある愛の詩』は略奪愛を告発した本ではなく、1人の女性が愛を通じて成長する物語として書かれた作品です。
本のあらすじは大きく2つのテーマで構成されています。
1つは布袋さんとの恋愛・結婚・離婚の記録。
もう1つは離婚後にシングルマザーとして双子の娘を産み育てるという新しい人生の始まり。
旅先の風景描写も美しく、ロンドン、ベルリン、パリ、スペイン、エジプト、ヴェネツィアなどの海外の場面が随所に登場します。
読んだ方の感想には「布袋さんの自叙伝より山下さんの本の方がずっと真実味があった」という声も多くあります。
布袋さんが後年出した自叙伝『秘密』の後半部分(離婚・再婚について)は「美化しすぎ」「言い訳がましい」と不評だったのと対照的です。
著書の構成について
『ある愛の詩』は全5章構成で、第1章「舞い降りた天使たち」、第2章「いくつもの季節をくぐりぬけて」、第3章「幸福な陽射しと憂鬱な影」、第4章「誰もいない風の砂丘で」、第5章「運命のすべてを抱きしめて」となっています。
山下さんの生い立ち(大分・別府での幼少期、高校中退後の博多でのバンド活動、上京からデビューまで)、布袋さんとの出会いと結婚、そして離婚と出産・育児という流れで綴られています。
山下久美子の現在の活動と双子の娘
2026年現在、山下久美子さんは67歳にして現役の歌手として精力的に活動しています。
2025年はデビュー45周年のアニバーサリーイヤーで、記念ライブ「A Singing Heart.2025」や「45th Anniversary Special Live “Miracle ❤︎”」を開催。
大阪や横浜のビルボードライブでは、長年のコラボレーターである大澤誉志幸さんをゲストに迎えた華やかなステージを披露しました。
2026年4月には「大事なものはなくならない。」(CD+DVD)のリリースも予定されており、音楽への情熱は衰えるところを知りません。
また2000年に産んだ双子の娘「あかね」さんと「ひかり」さんは2025年に25歳を迎え、それぞれ自立した大人へと成長しています。
父親については「別の尊い絆で結ばれているように思える」として結婚しなかったと語っており、名前は公表されていません。
再婚もしていません。
所属事務所はソルチ・ミュージック・エンタテインメントで、テイチクエンタテインメント/コンチネンタル・スターからリリースを続けています。
2023年にはジャズアルバム「Jazz”n”Kumiko」もリリースするなど、活動の幅も広がっています。
今井美樹の現在とロンドン生活
今井美樹さんは現在、夫・布袋寅泰さんと長女・愛紗さんとともにイギリス・ロンドンを拠点に生活しています。
2012年に移住して以来、プロモーション活動の時期になると日本に帰国するというスタイルで音楽活動を続けています。
2026年で歌手デビュー40周年を迎えた今井さんは、布袋さんとの夫婦共演企画なども展開し、ファンからは今後の活動への期待の声が多く寄せられています。
一方で、夫婦の馴れ初めや「PRIDE」誕生秘話を語るたびに、山下久美子さんへの同情の声が集まるという構図は変わっていません。
「略奪婚から30年近く経ってもなお、世間からの評価が分かれる存在」というのが今井美樹さんの現状と言えそうです。
布袋寅泰と今井美樹の再婚と現在の家族
布袋寅泰さんは1997年の離婚から1年半後の1999年、今井美樹さんと再婚しました。
2002年には待望の第一子・長女の愛紗(あいしゃ)さんが誕生。
布袋さんは娘のお弁当を作ったり、幼稚園の園児の前でギターを弾いたりと、仕事では世界的なギタリストでありながら、家庭では温かい父親ぶりを発揮していることで知られています。
愛紗さんはイギリスの大学を卒業し、現在は自立した成人として活躍中。
モデル級のスタイルを持つ美女として布袋さんのSNSにも度々登場しており、話題になっています。
2021年8月の東京2020パラリンピック開会式では、障がいを持ったパフォーマーらと登場・共演した布袋さんの姿が世界に発信されました。
初婚の山下久美子さんとの結婚生活では子供が生まれなかった布袋さんにとって、愛紗さんの存在は特別なものがあるようです。
山下さんとの12年間と今井さんとの現在の家族——その対比が語られるたびに、山下さんへの同情の声と今井さんへの批判の声が交差し続けるという状況は、芸能界の「歴史的な略奪婚」の一例として、今後も語り継がれることになりそうです。
山下久美子と今井美樹のまとめ
- 山下久美子さんは1982年に「赤道小町ドキッ」でブレイクした「学園祭の女王」と呼ばれた歌手
- 今井美樹さんは1986年に歌手デビューし、バブル期のファッションリーダーとして人気を博した歌手
- 2人は山下さんのサポートバンドのドラム・椎野恭一さんを介して知り合い、芸能界の先輩・後輩として親友関係にあった
- 山下久美子さんと布袋寅泰さんは1985年に出会い同年スピード結婚し、12年間の結婚生活を送った
- 布袋さんと今井さんの接点が深まったのは1992年の楽曲提供がきっかけ
- 1994年の打ち上げで今井さんが「途中下車」発言をしたことが、山下さんが不倫を確信した決定的な瞬間
- 今井さんが山下さんに恋愛相談で「心の中に広がった想いは止められないでしょ」と語ったエピソードは著書に記載がある
- 「ポストへの離婚届投函」「夜中の電話で別れ要求」などのエピソードは著書には記載されていない
- 1996年に発売された「PRIDE」(布袋作詞作曲)は160万枚の大ヒットとなり、そのデモテープを聞いた山下さんが離婚を決意したとされる
- 1997年11月、山下久美子さんと布袋寅泰さんは正式に離婚
- 離婚後も「布袋を憎めなかった」と語った山下さんの姿は「粋でかっこいい」と称えられた
- 布袋さんと今井さんは1999年に再婚し、2002年に長女・愛紗さんをもうけた
- 2012年には家族でロンドンに移住し、現在もおしどり夫婦として知られる
- 今も今井さんが夫婦エピソードを語るたびに山下さんへの同情の声が集まるなど、30年近くたった今も世間の評価は割れている
- 山下久美子さんは2025年にデビュー45周年を迎え、67歳の現在も現役の歌手として活動を続けている

