青木歌音の学歴は高知高校→共栄大学中退!小中学校から大学まで全部解説

青木歌音の学歴は高知高校→共栄大学中退!小中学校から大学まで全部解説

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野球で最高球速142kmを投げたピッチャーが、今やYouTube登録者60万人超の人気YouTuberになるなんて、人生って本当にわからないですよね。

青木歌音さんの学歴は、東京・目黒区の公立校から高知の野球強豪校、そして大学中退まで、どこをとっても普通じゃないドラマがあります。

父の母校・高知高校でスカウトの目にもとまった実力派ピッチャーが、なぜ野球を諦めることになったのか?その先に何があったのか?全部まとめました。

この記事を読むとわかること
・青木歌音さんの出身校(小学校〜大学)と各校の偏差値・特徴
・野球強豪校・高知高校でのエピソードと共栄大学中退の経緯
・大学中退後の壮絶な半生とアナウンサー・YouTuberとしての経歴

青木歌音の学歴まとめ|高校・大学と野球少年時代の経歴

青木歌音さんの学歴って、正直かなりドラマチックなんですよね。東京育ちなのに野球強豪校がある高知へ飛び立ち、最高球速142kmを叩き出した元ピッチャーが、大学中退後に性転換してYouTuberになるって…普通じゃない人生すぎます。小学校・中学校から大学まで、その軌跡を順番に追っていきましょう。

小中学校は東京・目黒区の公立校

青木歌音さんは、東京都目黒区出身です。

幼少期を過ごしたのは都内の、比較的落ち着いた住宅街として知られる目黒区。小学校は目黒区立烏森小学校に通っていたことが複数のソースで確認されています。中学校は、同じく目黒区にある目黒区立東山中学校を卒業しました。どちらも地元の公立校です。

知ったとき、ちょっと意外じゃなかったですか?あの強烈なキャラクターから「なんかもっとドラマチックな環境で育ったのかな」って思っていたら、ごくふつうの地元の公立学校なんですよね。

中学時代の野球部活動

中学時代も3年間、青木さんは野球部に所属して打ち込んでいました。

実は、野球との縁は小学生の頃からはじまっています。父親が元高校球児(甲子園準優勝経験者という経歴を持つ)で、幼い頃からプロ野球選手になるよう厳しく指導されていたそうです。子どもの頃から「野球をやること」が青木さんのアイデンティティの一部だったわけです。

中学でも3年間しっかり野球漬けの日々を送り、投手としての素地を磨いていきました。この基礎があったからこそ、高校に進学してからの急成長につながっていったのだと思います。

高知高校へ進学|父の母校・野球強豪校で142kmを投げた

中学を卒業した青木さんが選んだ進学先は、なんと地元東京を離れて高知県へ。

進学したのは高知高等学校です。1899年開校という歴史ある伝統校で、硬式野球部が長年にわたって全国で活躍してきた強豪校として知られています。

なぜ東京から高知へ?という疑問が湧いてきますよね。その理由が、父親にあります。高知高校はお父さん自身の母校で、甲子園準優勝という輝かしい歴史を持つ野球の名門。「俺の母校でプロを目指せ」という父親の強い意向があり、青木さんはその期待を背負って高知の地へ旅立ちました。

父の指示で飛び込んだ野球強豪校

高知高校野球部でのポジションは投手(ピッチャー)。そして、ここが本当にすごいんですが、最高球速142kmを記録するほどの実力を発揮しました。プロのスカウトから声がかかるレベルです。

坊主頭で躍動する青木さんの姿は、今の姿からは想像できないほど”ザ・野球少年”な雰囲気だったそうで、ネット上に残っている当時の写真を見た人が「別人すぎる」と驚くのも納得です。

父の背中を追って高知に飛び込み、スカウトの目にもとまるほどの投球を見せた青木さん。…でも、この先に試練が待っていたんです。

ヘルニアで野球断念|共栄学園高校へ転校

順調に見えた高校野球生活でしたが、高校1年生のときに椎間板ヘルニアを患ってしまいます

投手にとって、腰や背骨周りの故障は致命的です。思うようにボールを投げられなくなり、プロを目指して高知まで来た夢が突然、崩れ落ちました。これはきつかったでしょうね…。父親の期待を背負い、わざわざ地元を離れてまで入学したのに、1年生でその夢を絶たれてしまうとは。

ヘルニアの治療と療養のため、青木さんは東京に戻ることを決断。高知高校を離れ、東京都の共栄学園高等学校へ転入しました。

転入後も一度は野球部に入部しようとしたそうですが、実質1日で退部してしまったと言われています。ヘルニアの影響もあったでしょうし、何より「プロを目指してやっていた野球」という目標自体が大きく変わってしまったのかもしれません。

共栄大学国際経営学部に進学(偏差値41)

共栄学園高等学校からは、エスカレーター式で共栄大学の国際経営学部に進学しました。

共栄大学は埼玉県春日部市にある私立大学で、偏差値は41前後とされています。学歴偏差値という観点でみると、決して難関校とはいえませんが、高校から続く流れのなかで進学したわけです。

大学時代は、青木さんにとって内面的に大きな変化が起きていた時期でもあります。中学生の頃から「自分の体がどんどん女性的に変化していく」という性分化疾患による身体の変化を経験していた青木さん。大学進学後も、自分のアイデンティティと向き合いながらの大学生活だったと想像できます。

共栄大学を3年次中退|その後の壮絶な半生

共栄大学には入学したものの、3年次に中退しています。

中退の理由については複数の情報があり、「当時交際していた彼氏との同棲」という説と「周囲からからかわれたことが原因」という説があります。どちらが正確かは明確でありませんが、当時の青木さんがすでに女性として生きることを本格的に考えていた時期であったことは確かです。

大学中退後の青木歌音さんの行動は、まさに壮絶の一言でした。

中退後の行動|家出・アルバイト・手術費の確保

大学を辞めた青木さんは、20歳のときに家を出て、中華料理屋で住み込みのアルバイトを始めます。ここから女性としての生活が本格的にスタートしました。

その後、キャバクラでも働くようになり、性別適合手術に必要な費用を自力で貯めていきました。お父さんは当時「青木家から長男はいなくなった」と2年ぶりの連絡への返信に書いたとのことで、父親との関係が一時的に断絶状態だったことがわかります。

それでも青木さんはひとりで費用を工面し、2014年(22歳のとき)に性別適合手術を受けました。そして2022年には戸籍も女性に変更されています。

その後、父親とは和解し、現在は母を通じて「たまには帰ってこい」と声をかけてもらえる関係になっているそうです。……読んでいてじんわりしませんか。壮絶な道のりを経て、ようやく家族との絆も取り戻したんですよね。

青木歌音の学歴を調べる人向けの関連情報

青木歌音さんの学歴を調べているなら、こんな情報も気になっていませんか?野球少年から女性YouTuberになるまでの間にあった、アナウンサー経歴や性分化疾患の告白、そして恋愛事情まで、合わせてまとめていきます。

男時代の写真と現在の変化に世間が驚き

青木歌音さんは男性として生まれ、高知高校時代には坊主頭でピッチャーとして活躍していました。その当時の写真と現在の姿を並べると、あまりの変化に「別人」と驚く声が後を絶ちません。

現在の青木さんは、日本人の父とスペイン系フィリピン人の母を持つハーフとして、容姿もいわゆる”ハーフ顔”の雰囲気があります。お母さんはスペイン人の父とフィリピン人の母を持つハーフで、17歳で来日・19歳で結婚という経歴の持ち主。青木さんの血統は日本50%・スペイン38%・フィリピン12%と言われることもあります。

坊主頭で142kmを投げていた男の子が、こんなにも変化するものか…と知ったときびっくりしませんでしたか?整形疑惑を持つ人もいるようですが、ハーフという血筋や性分化疾患による身体の変化が、現在の見た目につながっているとも考えられます。

妹さんも1人いて、YouTubeに時々出演されています。ポケモンカードゲームなど共通の趣味で仲良くしている様子が見られるそうです。

アナウンサー研修生としての異色の経歴

性転換後の青木さんが選んだキャリアの一つが、アナウンサーでした。

2015年4月から2016年3月まで、BSスカパーの「チャンネル生回転TV Allザップ!」という番組で、アナウンサー研修生として出演していました。当時のビジュアルがかわいすぎると話題になることもあるそうで、今でも「アナウンサー時代の写真が美しい」という声があります。

ただ、このアナウンサー時代には後に重大な告白につながるエピソードもありました。2025年1月、青木さんはフジテレビ関係者からのセクハラ被害を告白。さらに、TKO木下隆行さんから性被害を受けたと告発し、大きな注目を集めました。約10年越しの告発だっただけに、「なぜ今なのか」という声もありましたが、青木さんは告発に至った理由を自身で説明しています。

学歴は大学中退でも、こんなに多様なキャリアを歩んできたことがわかりますね。

性分化疾患の告白と「トランスジェンダーとは違う」発言

青木歌音さんを語るうえで、性分化疾患(DSD)という背景は欠かせません。

青木さんが持つのは、一般的に「クラインフェルター症候群」との関連が指摘されている性分化疾患です。これは、男性として生まれながら成長過程で身体が女性的に変化していく症状で、本人の意思とは関係なく起こる”望まない変化”です。

青木さんはABEMAのインタビューでこう語っています。「中学生のときでBカップくらいになっていた」というエピソードを告白し、「トランスジェンダーとは違います」と明言しました。トランスジェンダーは「生まれた性別と心の性別が一致しない状態」ですが、青木さんの場合は「身体が望まず女性化していった性分化疾患の当事者」という点が異なります。

この発言は大きな反響を呼び、性分化疾患の認知度向上に大きく貢献したと言われています。

野球部のピッチャーとして活躍していた時期にも、こうした身体の変化と向き合っていたのだと思うと、その苦悩の深さが伝わってきます。

彼氏との婚約破談と現在の恋愛事情

プライベートな恋愛面でも、青木さんはオープンに発信してきました。

2024年5月に公開した動画で、結婚を考えていた彼氏との婚約破談を告白。交際は順調だったものの、彼氏のお兄さんが亡くなり、次男だった彼氏がお寺を継ぐことになったのだといいます。「結婚したら仕事を辞めてお寺に来てほしい」という条件を彼氏から提示されましたが、青木さんは「私は嫌だ」と断り、結果として破談になりました。「人生で一番病んだかも」とコメントするほど、精神的にも辛い経験だったようです。

その後の2025年2月には「でも私彼氏いるんですよ」とSNSで発信しており、現在は新しい恋愛をしていることを匂わせています(詳細は非公開)。

YouTubeの登録者数は約60.7万人(2025年時点)にのぼり、性分化疾患の啓発や日常を発信するチャンネルとして多くのファンに支持されています。2019年には「かさぶたのワタシ」で歌手デビューも果たしており、YouTuber以外のフィールドでも活躍の幅を広げています。

青木歌音の学歴のまとめ

  • 本名は高村文香(たかむらあやか)
  • 1992年8月13日生まれ、東京都目黒区出身
  • 出身小学校:目黒区立烏森小学校(公立)
  • 出身中学校:目黒区立東山中学校(公立)・3年間野球部に所属
  • 出身高校①:高知高等学校(野球強豪校・父の母校)
  • 高校時代は投手として最高球速142kmを記録、スカウトの目にもとまった
  • 高知高校1年時に椎間板ヘルニアを患い、野球を断念
  • 転校先:共栄学園高等学校(東京・編入)・野球部は事実上1日で退部したとされる
  • 出身大学:共栄大学国際経営学部(偏差値41)・3年次に中退
  • 大学中退後に家出、住み込みアルバイト・キャバクラ勤務で手術費を貯める
  • 父親は元甲子園球児(甲子園準優勝経験)、母親はスペイン系フィリピン人ハーフ
  • 妹が1人いる
  • 2014年(22歳)に性別適合手術を受け、2022年に戸籍を女性に変更
  • 性分化疾患(DSD)の当事者として啓発活動を行う
  • 「トランスジェンダーとは違う」と自身の状態を明言している
  • 2015〜2016年にBSスカパーでアナウンサー研修生として活動
  • 2025年1月にTKO木下隆行さんへの性被害を告発
  • YouTubeチャンネル登録者数は約60.7万人(2025年時点)
  • 2024年に彼氏との婚約破談を告白、現在は新たな彼氏の存在を示唆

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