乃木坂46の五百城茉央さんと日向坂46の正源司陽子さんが実はいとこ同士だったと聞いて、驚いた方も多いのではないでしょうか。
しかもこの二人、それぞれの苗字をたどると皇族や神主一族に行き着くというから、その家系のスケールには圧倒されます。
この記事では、「五百城」と「正源司」の家系図を徹底的に調べ、苗字の由来から実家、家族構成まで詳しくまとめました。
・「五百城」と「正源司」の苗字が皇族や神主一族に由来する理由
・五百城茉央と正源司陽子がいとこ同士だと判明した経緯
・二人の実家や家族構成、お金持ちの噂の真相
五百城茉央と正源司陽子の家系図がすごい
乃木坂46の五百城茉央さんと日向坂46の正源司陽子さん、どちらも聞き慣れない珍しい苗字ですよね。
実はこの二人はいとこ同士で、それぞれの苗字をたどると皇族や神主一族に行き着くというから驚きです。
ここでは二人の関係と、「五百城」「正源司」という苗字の壮大なルーツを詳しく見ていきます。
二人がいとこ同士だと判明した経緯
乃木坂46の5期生・五百城茉央さんと日向坂46の4期生・正源司陽子さんが「いとこ」であることが明らかになったのは、2023年5月のことでした。
きっかけは、乃木坂46のYouTubeチャンネル「乃木坂配信中」で公開された動画「【マイ醤油】五百城がマグロ食べに築地行ってきた!【持参】」です。
この動画の中で五百城茉央さんが「実は、私の親戚が日向坂46にいるんです」と切り出し、それが正源司陽子さんであることを明かしました。
ファンの間では「五百城」と「正源司」という珍しい苗字の二人が坂道グループに同時期に在籍していることは以前から話題になっていたため、いとこだと判明した瞬間は大きな反響がありました。
正源司陽子さんの方も、自身のブログ「#きっきのにっき」で二人が従妹であることを明かしています。
ブログでは「生まれた時からずーっと仲良し」と綴っており、小さい頃からお互いの誕生日会、お正月、節分の鬼退治など、ことあるごとに一緒に集まっていた関係だったそうです。
五百城茉央さんは正源司陽子さんのことを「よぴこ」と呼び、正源司陽子さんは五百城茉央さんを「まおちゃん」と呼ぶ仲の良さ。
ふざけ合っている写真がスマホにたくさん保存されているというエピソードからも、本当に姉妹のように育ってきたことが伝わってきますよね。
ちなみに、五百城茉央さんは正源司陽子さんが日向坂46のオーディションを受けていたことを知らず、合格発表を見て腰を抜かすほどびっくりしたそうです。
……なんか、いいですよね、こういうエピソード。
坂道グループにいとこ同士が在籍しているというのは極めて珍しいケースで、しかもどちらも珍しい苗字の持ち主ということで、二人の家系に注目が集まるのは自然な流れでした。
「五百城」は景行天皇の皇子が由来の苗字
「五百城」と書いて「いおき」と読みます。
名字由来netによると、全国順位は42,640位で、全国に約50人しかいない超希少な苗字です。
分布を見ると主に兵庫県に集中しており、他に宮城県や広島県にわずかにいる程度だそうです。
この「五百城」という苗字の由来をたどると、なんと古墳時代にまで遡ります。
太田亮氏の『姓氏家系大辞典』によれば、第12代景行天皇の皇子である五百城入彦皇子(いおきいりびこのみこ)の「御名代部(みなしろべ)」がルーツとされています。
御名代部というのは、皇子の名前を冠して各地に置かれた部民のことで、五百城入彦皇子に仕えた人々が「いおきべ」と名乗るようになり、それが「五百城」という苗字になったと考えられています。
西暦でいえば300〜600年頃、今からおよそ1700年前の皇族がルーツということになりますから、歴史のスケールが桁違いです。
また、「五百城(いおき)」は「伊福部(いおきべ)」が転じたものだという説もあります。
伊福部氏は天火明命(あめのほあかりのみこと)の後裔氏族に由来するとも言われており、こちらも神話レベルの壮大な家系です。
全国に50人前後しかいない苗字ですから、五百城茉央さんがこの皇族と血縁関係にある可能性は非常に高いと考えられます。
「五百旗頭」との関連
ちなみに、「五百城」は「五百旗頭(いおきべ)」の略とも言われています。
「五百旗頭」は国際政治学者の五百旗頭真氏などで知られる苗字ですが、ルーツは同じ五百城入彦皇子に遡るとされており、同じ家系から派生した苗字だと考えられています。
五百城入彦皇子はヤマトタケルの兄弟
五百城入彦皇子がどれほどすごい人物だったのかを知ると、さらに驚かされます。
五百城入彦皇子の父は第12代景行天皇で、母は八坂入媛命(やさかいりびめのみこと)です。
そして兄弟には、日本神話で最も有名な英雄の一人であるヤマトタケル(日本武尊)と、第13代天皇となった成務天皇がいました。
古事記・日本書紀では、五百城入彦皇子、ヤマトタケル、成務天皇の3人は「三王」と呼ばれるほど大きな力を持った皇子だったと記述されています。
ヤマトタケルといえば、日本史の教科書にも登場する知らない人がいないほどの偉人ですよね。
知ったときびっくりしませんでしたか?
あの伝説の英雄と繋がりがあるかもしれない苗字を持つ五百城茉央さん、アイドルとしてだけでなく家系的にもすごいということがわかります。
「五百城」はただ珍しいだけの苗字ではなく、日本の歴史に深く根ざした由緒ある名前なのです。
「正源司」は日吉大社の神主一族が由来
続いて、正源司陽子さんの「正源司(しょうげんじ)」という苗字のルーツを見ていきましょう。
こちらも全国に約50人しかいない極めて珍しい苗字です。
名字由来netによると、近年では熊本市に比較的多く見られるとのことですが、五百城姓と同様に非常に希少です。
「正源司」の由来をたどると、約1350年前の天智天皇の時代にまで遡ります。
ルーツは、滋賀県大津市にある日吉大社(ひよしたいしゃ)の神職を代々務めた一族です。
初代は「祝部宿禰(はふりべのすくね)」という人物で、日吉大社の神主として奉仕していました。
その後、祝部家は「生源寺(しょうげんじ)」家と「樹下(じゅげ)」家の2つに分かれます。
そして「生源寺」がやがて「正源司」に変化したとされています。
つまり、「正源司」という苗字は、日本を代表する神社の一つである日吉大社の社家(しゃけ=神社の祭祀を司る家系)に由来しているわけです。
さらに、別の説では鎌倉時代の有名な歌人・鴨長明を輩出した「賀茂県主(かものあがたぬし)」の家系にまで遡るとも言われています。
「正源司」は1350年以上の歴史を持つ、由緒正しい神主一族の苗字だったのです。
二人の家系は日本神話の神の子孫
ここで改めて整理すると、五百城茉央さんの「五百城」は景行天皇の皇子・五百城入彦皇子に由来し、正源司陽子さんの「正源司」は日吉大社の神職・祝部宿禰の子孫に由来しています。
つまり、どちらも日本神話における「神の子孫」とされる家系ということになります。
「五百城」は天皇家の血筋、「正源司」は神社の神職の血筋。
いとこ同士でありながら、それぞれ異なるルートで日本の神話的な起源に繋がっているというのは、本当にすごい話ですよね。
Xでは、姓名について研究している大学教授から「とにかく由緒あるすごい血筋」というメールが届いたという投稿もあり、専門家も注目するほどの家系であることがうかがえます。
| 項目 | 五百城(いおき) | 正源司(しょうげんじ) |
|---|---|---|
| 全国人数 | 約50人 | 約50人 |
| 主な分布 | 兵庫県 | 熊本県 |
| 由来 | 景行天皇の皇子・五百城入彦皇子 | 日吉大社の神職・祝部宿禰 |
| 時代 | 約1700年前(古墳時代) | 約1350年前(天智天皇の時代) |
| 系統 | 天皇家(皇族)系 | 神社社家(神職)系 |
「五百城」と「正源司」は、どちらも日本の歴史に深く根ざした名家の苗字であり、二人がいとこ同士であるということ自体が、この家系の壮大さを物語っています。
家柄がすごいと言われる理由
五百城茉央さんと正源司陽子さんの家柄がすごいと言われる理由を整理してみましょう。
まず第一に、「五百城」という苗字の祖先が皇族であるという点です。
第12代景行天皇の皇子・五百城入彦皇子が由来で、全国に50人前後しかいない苗字ということは、五百城茉央さんはこの皇族の末裔である可能性が極めて高いわけです。
第二に、いとこの正源司陽子さんの「正源司」も、1350年以上前の日吉大社の神主一族にルーツがあるという点です。
親戚同士がそれぞれ別の「すごい家系」の苗字を持っているというのは、なかなかないケースですよね。
第三に、二人とも実家が裕福であると推測されている点も、「名家」のイメージを後押ししています。
五百城茉央さんの実家は神戸市灘区の高級住宅街エリアにあり、正源司陽子さんの実家は芦屋市という日本有数の高級住宅街です。
習い事やお嬢様学校への進学など、経済的に余裕のある家庭で育ったことがうかがえるエピソードも多く、苗字の由来と実際の暮らしぶりが合致しているんですよね。
……これだけ揃うと、名家と言われるのも納得です。
苗字の歴史的由来、親戚関係の希少さ、そして実際の生活環境、この3つが重なっていることが「家柄がすごい」と言われる理由です。
五百城と正源司の家系図を調べる人向けの関連情報
五百城茉央さんと正源司陽子さんの家系図に興味を持った方は、二人の実家や家族構成も気になるところではないでしょうか。
ここからは、二人の家族にまつわるエピソードや噂について詳しくまとめています。
茉央の実家は神戸でお金持ちの噂
五百城茉央さんの実家は兵庫県神戸市灘区にあるとされています。
出身小学校の学区から特定されたもので、神戸市灘区は六甲山の南麓に位置する閑静な住宅街として知られるエリアです。
実家がお金持ちだと言われる理由の一つに、習い事や生活環境から裕福さがうかがえることがあります。
乃木坂46に加入する前から自然体でアイドルの素養を持っていた五百城茉央さんですが、そうした環境も家庭の余裕があってこそだったのかもしれません。
五百城ニュートリイ株式会社との関係
もう一つ、「お金持ち」「社長令嬢」と言われるきっかけになったのが、兵庫県姫路市にある「五百城ニュートリイ株式会社」という製粉会社の存在です。
この会社の代表取締役が「五百城一博」さんという方で、全国に50人しかいない苗字の一致から「五百城茉央さんの父親ではないか?」という噂が広まりました。
ただし、これはあくまで苗字の珍しさから結びつけられた推測に過ぎず、父親ではなく親戚ではないかという説もあります。
五百城茉央さんの実家が裕福である可能性は高いものの、五百城ニュートリイとの関係は確定的な情報ではありません。
陽子の実家は芦屋のお嬢様育ち
正源司陽子さんの実家は兵庫県芦屋市にあることがわかっています。
芦屋市といえば、全国的にも有名な高級住宅街です。
出身小学校は芦屋市立山手小学校で、芦屋市のホームページに掲載された絵のコンクール入賞者一覧で本人の名前と年齢が一致していることから判明しました。
中学校は大阪府にある私立の金蘭千里中学校に進学しています。
金蘭千里は偏差値60を超える進学校で、私立中学に通わせるだけの経済力が家庭にあったことがわかります。
高校も金蘭千里高校に進んでいましたが、日向坂46に加入後は目黒日本大学高校に転校したとみられています。
幼少期からフルート、空手、書道など複数の習い事をしており、糸東流空手2級、フルートのコンクール入賞、書道準特待生と、どれも本格的なレベルに達しているのが印象的です。
これだけの習い事を並行してやらせてもらえる環境というのは、やはりお嬢様育ちならではですよね。
実家の立地、私立進学校への通学、多彩な習い事、どれをとっても「芦屋のお嬢様」という表現がぴったりの環境で育っていることがわかります。
茉央の家族構成と兄は乃木坂46ファン
五百城茉央さんの家族構成は、父親、母親、兄、本人の4人家族です。
兄の存在は、五百城茉央さんがアイドルになるうえで欠かせないキーパーソンでした。
実は、兄がもともと乃木坂46のファンだったんです。
五百城茉央さん自身はオーディションを受ける気がなかったのですが、兄の勧めがきっかけで乃木坂46の5期生オーディションに応募し、見事合格しました。
また、五百城茉央さんが趣味として挙げているギターも、兄の影響で始めたことが明かされています。
父親については、ブログで中国語を話せるという情報が明かされたことがありますが、職業などの詳細は公表されていません。
母親については、五百城茉央さんが初任給で家族全員にお揃いのキーホルダーをプレゼントした際、「もったいなくて使えない」と言って今でも大事にしまっているというエピソードがあります。
……個人的にすごく好きなんですよね、このエピソード。
兄のファン活動がなければ乃木坂46の五百城茉央は存在しなかったかもしれないと考えると、家族の影響は計り知れません。
陽子の家族は全員楽器が得意な音楽一家
正源司陽子さんの家族構成は、父親、母親、姉、本人の4人家族です。
特筆すべきは、正源司家が完全な音楽一家であるという点です。
| 家族 | 担当楽器 |
|---|---|
| 父親 | ピアノ |
| 母親 | ヴァイオリン |
| 姉 | チェロ |
| 陽子さん | フルート |
家族が4人揃うと自然と演奏会が始まってしまうそうで、自宅で家族演奏会をしているというから驚きです。
正源司陽子さんのフルートの腕前はプロ級とも言われており、高校時代には金蘭千里高校の吹奏楽部の定期演奏会にも出演していたことが確認されています。
さらに、正源司陽子さんはギターも弾けるため、一人で複数の楽器を操れるマルチプレイヤーでもあります。
姉は日向坂46のオーディションを受けようか迷っていた陽子さんの背中を押してくれた存在でもあり、いとこの五百城茉央さんが乃木坂46で活躍する姿を見て「私もやってみたい」と話した際に、家族が応援してくれたそうです。
音楽を通じて家族の絆が深い正源司家は、まさに才能あふれる一家と言えるでしょう。
陽子の父親の職業は判明している?
正源司陽子さんの父親の職業は、公式には公表されていません。
ただし、ネット上では一つの有力な候補者が挙がっています。
それが「正源司剛」さんという人物で、以下のような共通点から父親ではないかと噂されています。
| 項目 | 正源司剛さんの情報 | 陽子さんの父親の情報 |
|---|---|---|
| 苗字 | 正源司(全国50人の希少姓) | 正源司 |
| ピアノ | 演奏可能 | ピアノ担当 |
| 子供 | 娘が二人 | 陽子さんと姉の二人姉妹 |
| 経歴 | 元電通、ベルギーの音楽学校にも通学 | 不明 |
| 現在 | いちご農園を経営(島根県) | 不明 |
ピアノが弾けること、娘が二人いること、そして何より全国に50人しかいない「正源司」という苗字が一致していることから、可能性は十分にありそうです。
ただし、現在の勤務先が島根県であることなど、芦屋の実家との距離感に疑問も残り、確定的な情報とは言い切れません。
正源司陽子さんの父親の職業は確定していませんが、正源司剛さんとの共通点の多さから、父親である可能性は否定できない状況です。
五百城と正源司の家系図のまとめ
- 五百城茉央(乃木坂46)と正源司陽子(日向坂46)は実のいとこ同士
- 2023年5月にYouTubeチャンネル「乃木坂配信中」でいとこ関係が明らかになった
- 「五百城」は全国に約50人しかいない超希少な苗字
- 「正源司」も全国に約50人しかいない超希少な苗字
- 「五百城」の由来は第12代景行天皇の皇子・五百城入彦皇子
- 五百城入彦皇子はヤマトタケル・成務天皇と兄弟で「三王」と呼ばれた
- 「正源司」の由来は日吉大社の神職・祝部宿禰の子孫
- 約1350年前に祝部家から生源寺家に分かれ、のちに正源司に変化
- 二人の家系はどちらも日本神話の「神の子孫」とされる系統
- 五百城茉央の実家は兵庫県神戸市灘区で、お金持ちと噂される
- 正源司陽子の実家は兵庫県芦屋市の高級住宅街
- 五百城茉央は4人家族で、兄が乃木坂46ファンだったことがオーディション応募のきっかけ
- 正源司陽子は4人家族で、父ピアノ・母ヴァイオリン・姉チェロの音楽一家
- 正源司陽子の父親は正源司剛さんが候補に挙がるが確定情報ではない
- いとこの五百城茉央の活躍が正源司陽子の日向坂46加入のきっかけとなった

