「ピコ太郎」でおなじみの古坂大魔王さんと、アンタッチャブル柴田英嗣さんの元嫁・二見直子さん。
実は2人は2003年に結成された音楽ユニット「ノーボトム!」で同じステージに立っていた元メンバーなんです。
「交際していたのでは?」という噂も一部で語られていますが、その真相と2人のその後の人生、現在まで詳しくお伝えします。
・二見直子と古坂大魔王がノーボトム!でどう関わっていたのか
・二見直子と古坂大魔王の交際噂の真相
・二見直子の現在(W不倫騒動後のシングルマザー生活)
二見直子と古坂大魔王の関係とノーボトム!での共演歴
二見直子さんと古坂大魔王さん、一見どんな接点があるのか気になりますよね。実は2人は2003年に結成された音楽ユニット「ノーボトム!」で同じ時間を過ごしたメンバーなんです。この記事では2人の関係をノーボトム!の歴史とともに紐解いていきます。
ノーボトム!はどんなユニットだったのか
「ノーボトム!(NO BOTTOM!)」は、2003年9月に結成されたお笑いと音楽を融合させたエンタメユニットです。
当時お笑いトリオ「底ぬけAIR-LINE」のメンバーだった古坂大魔王さんと小島忍さん(忍丸)が中心となって立ち上げたユニットで、コメディの要素を盛り込みながらダンスと音楽を披露するという当時としてはかなり斬新なコンセプトを持っていました。
ユニット名の「ノーボトム(NO BOTTOM)」は「底なし」という意味で、エンタメとしての可能性に限界を設けないという意気込みが込められていたとも言われています。
活動当初から注目を集め、2004年7月にはメジャーデビューを果たしています。
その後、2005年10月に古坂さんがホリプロコムを退社したタイミングでユニットは「NBR(NEW BUSHIDOU RAVERS)」へと改名し、活動の形を変えていきます。
2008年頃からは古坂さんがお笑い芸人としての活動を本格的に再開したことで、ユニットとしての活動は徐々に縮小。現在ではユニットの主要メンバーとして活動を続けているのは古坂大魔王さんのみとなっています。
メンバー紹介(SHIZUKA・忍丸・タカミ)
ノーボトム!のメンバーはコアメンバーのほかにも複数の人物が関わっていました。
ボーカルを担当していたのは初代ボーカルの「SHIZUKA」こと坪井志津香さん(1976年9月10日生まれ)。ノーボトム!脱退後はお笑いコンビ「アンジャッシュ」の児嶋一哉さんと結婚したことでも知られています。芸能界の人脈がユニット内でいかに広がっていたかがうかがえます。
「忍丸」こと小島忍さん(1973年5月29日生まれ)は底ぬけAIR-LINE時代からの古坂さんの相方的存在で、ユニットにもそのまま参加。現在はゲーム開発プロデューサーとして活躍しているそうです。
「タカミ」こと高見眞介さん(1976年10月5日生まれ)も結成時からのメンバーで、ユニットの初期を支えました。
そして「NAON」こと二見直子さんもメンバーとして加入していたのです。これだけ多彩なメンバーが揃ったユニットだったということですね。
全楽曲を手がけた古坂大魔王の音楽プロデューサーぶり
ノーボトム!において、古坂大魔王さんは単なるメンバーの1人ではありませんでした。
ユニットの楽曲すべての作詞・作曲を古坂さんが手がけていたという事実は、彼がいかに多才なクリエイターであるかを証明しています。
古坂さんは1973年7月17日生まれで、青森県出身。身長186cmと長身で、本名は「古坂 和仁(こさか かずひと)」といいます。
芸能界デビューは1991年(1992年との情報もあり)で、中学時代の同級生だった小島忍さんと村島亮さんとともに「底ぬけAIR-LINE」を結成。『タモリのボキャブラ天国』(フジテレビ系)などで人気を博しました。くりぃむしちゅーとは同期、ネプチューンとは同世代にあたります。
幼少期からお笑いへの情熱は本物で、小学生時代には青森放送のスタジオに見学に行ったり、ラジオ番組に葉書を送り続けていたというエピソードがあります。読んでいてなんか愛らしいですよね。
お笑い活動を一時休止してノーボトム!の活動に専念していた2003年〜2008年頃の時期は、古坂さんにとって音楽クリエイターとしての側面を全面に出した期間でした。
ノーボトム!解散後の2016年には「ペンパイナッポーアッポーペン(PPAP)」を歌う「ピコ太郎」として世界的大ブレイクを果たし、YouTube総再生回数が6億回を超えるほどになりました。文部科学省・CCC大使、総務省・異能vation推進大使も務めるなど、クリエイターとしての活躍は多岐にわたります。
芸人仲間内では「楽屋では日本一おもしろい芸人」と称されるほど評価が高く、古坂大魔王さんはお笑い・音楽・プロデュースの3つの顔を持つ唯一無二の存在です。
NAONとして輝いたダンサー時代とノーボトム脱退の経緯
ノーボトム!のメンバーとして二見直子さんが加入したのは2003年のことです。
当時の二見直子さんは「NAON」という芸名で、ユニット内でダンスを主に担当していました。
二見直子さんのプロフィールを確認しておくと、本名は二見 直子(ふたみ なおこ)、1981年5月13日生まれです。
芸能活動を始めた当初は声優養成所「ミューラスエンタテインメント」に所属していて、声優ユニット「プリズムキャット」のメンバーとして主に大人向けゲームの声優としてキャリアをスタートさせています。
その後、活躍の場をダンスに移す形でノーボトム!に加入。キレのあるダンスを披露し、2004年7月のメジャーデビュー時のMV「サンバ・ジャ・ネイヨ・ネブタ・ダヨ 2004」にも出演しています。
しかし、2004年10月以降にノーボトム!を脱退しています。脱退の具体的な理由については公式には発表されていません。
脱退からわずか1年後の2005年9月には、お笑いコンビ「アンタッチャブル」の柴田英嗣さんと結婚を発表。ここにノーボトム!での活動と、その後の人生との接点が生まれることになります。
交際していたという噂の真相はどうなのか
ネット上では「二見直子と古坂大魔王が交際していたのでは?」という噂が一部で語られています。
「二見直子 古坂大魔王」というキーワードで検索すると、「古坂大魔王と噂?」というようなタイトルの記事が見つかることもあります。
ただし、両者が実際に交際していたことを裏付ける信頼できる情報は確認されていません。
2人の接点はあくまでもノーボトム!という音楽ユニット内でのメンバーとしての関係です。古坂さんが音楽面でのプロデューサー役、二見さんがダンサーとして活躍していたという構図で、それ以上の関係を示す公式コメントや信頼性の高い報道は見当たりません。
時系列を整理すると、二見直子さんは2003年にノーボトム!に加入し2004年に脱退、翌2005年には柴田英嗣さんと結婚しています。古坂大魔王さんは2017年にタレントの安枝瞳さんと結婚しており、それ以前の交際歴については公式情報はほとんどありません。
「同じユニットで活動していた」という事実から、さまざまな想像が膨らんでいったと考えるのが自然でしょうか。同じ時間を共有したメンバー同士だからこそ、ファンとしては気になるところですよね。
柴田英嗣との出会いに古坂大魔王が関係していた?
二見直子さんとアンタッチャブル柴田英嗣さんの馴れ初めには、実は古坂大魔王さんが関わっていたのかもしれないと言われています。
複数の記事では「古坂大魔王さんを通じて知り合った可能性が高い」と記載されています。
古坂大魔王さんと柴田英嗣さんはともにお笑い芸人として活動している間柄で、芸人仲間としての交流がありました。一方で二見直子さんはノーボトム!のメンバーとして古坂さんと密接に活動していた。この2つの縁が交差するかたちで、二見直子さんと柴田英嗣さんが出会ったと推測されているのです。
ただし、この「古坂大魔王を通じて知り合った」という情報自体は憶測ベースであり、確定的な情報ではありません。時系列を考えると、二見直子さんと柴田英嗣さんの交際は1998年頃から始まっていたという情報もあり(※単独ソース)、ノーボトム!加入よりも前から交際していた可能性も否定できません。
古坂大魔王さんは、結果として二見直子さんと柴田英嗣さんという2人の縁をつなぐ架け橋のような存在になっていた可能性があります。なんか、芸能界って狭いなあと感じてしまいますよね。
二見直子と古坂大魔王を調べる人向けの関連情報
二見直子さんや古坂大魔王さんについてさらに詳しく知りたい方のために、2人のその後の人生や現在の状況についてもまとめています。
ファンキー加藤とのW不倫と離婚の経緯
二見直子さんの名前が再び広く知られるきっかけとなったのが、2016年の「Wゲス不倫騒動」です。
ノーボトム!脱退後の2005年9月、二見直子さんはアンタッチャブルの柴田英嗣さんと結婚。しかしその結婚自体も波乱含みのものでした。
妊娠が発覚したものの、柴田さんは当初出産を渋り「子どもを堕ろしてほしい」と話していたとされています。これに対し二見直子さんは弁護士を雇い、交渉の末にようやく結婚が成立したというエピソードが伝えられています。
結婚後は2005年11月に長男、2008年3月に長女が誕生。子育てに追われる生活の中、2010年には柴田さんが女性問題で謹慎処分を受けるという騒動も起きています。柴田さんが別の女性を妊娠させ中絶を迫ったという問題で、アンタッチャブルのコンビ活動休止にも発展しました。
そんな波乱の結婚生活を経た後、2014年12月、二見直子さんはファンキー加藤さんと飲み会で出会います。飲み会はファンキー加藤さんの後輩が主催したもので、この場で2人は初めて顔を合わせました。
二見直子さんはFUNKY MONKEY BAYBYSの大ファンだったとも伝えられており、加藤さんの地方公演の宿泊先ホテルにまで追いかけることもあったほどだったといいます。一方、ファンキー加藤さんの側では「二見直子さんが既婚者とは知らなかった」と後に説明しています。
2015年5月、二見直子さんから柴田さんに「好きな人ができた」と申し入れがあり、10年に及んだ結婚生活に終止符が打たれます。離婚からわずか4ヶ月後の同年9月には、ファンキー加藤さんとの子どもを妊娠していることが判明しました。
2016年6月、週刊女性がこのW不倫・妊娠をスクープし、世間を騒がせます。ファンキー加藤さんはその日のうちに報道陣の前で記者会見を開き、「記事に書かれていることは全て事実です」と率直に認めました。
対する柴田英嗣さんは冷静で、「加藤ちゃんにもこれを機に一つ大きくなってほしい」「生まれてくる子の養育参観とか応援していきたい」という”神対応”コメントを発表。この姿勢に世間から絶賛の声が集まりました。正直、男気があってかっこいいですよね。
現在はシングルマザーとして子供3人を育てている
2026年現在、二見直子さんは44歳。シングルマザーとして3人の子どもたちを東京都内の一軒家で育てながら生活しています。
芸能活動には復帰しておらず、完全に一般人として生活しているとのことです。Instagram(@naoko_0430)のアカウントは存在するものの、フォロワーは188人程度で、主にペットに関する投稿が中心となっているようです。
元夫・柴田英嗣さんは2022年10月に元女優の「なおさん」と再婚し、2025年10月にはテレビの生放送で第1子の誕生を発表しました。一方、ファンキー加藤さんも元マネージャーだった妻・工藤牧子さんとの婚姻関係を維持し、自身の家庭を持ち続けています。
2人の男性がそれぞれの人生を歩む中、二見直子さんはただ1人で3人の子どもたちと向き合っているわけです。シングルマザーとして子供3人を育てるその姿は、どれほど大変なものかと想像するだけで胸が締め付けられます。
元夫・柴田英嗣と不倫相手・ファンキー加藤からの養育費状況
子どもたちの生活面について整理しておくと、養育費は元夫の柴田英嗣さんとファンキー加藤さんの双方から受け取っているとされています。
柴田英嗣さんはバラエティ番組「にけつッ!」で「養育支援をしている」と明かしており、当初は月1回程度の頻度で子どもと面会していたとも伝えられています。ただし、2025年10月のテレビ出演では「離婚後に長男と直接会ったことはなく、毎月1日にLINEでお小遣いのやり取りをしている」と明かしており、距離感は少しずつ変化しているようです。
ファンキー加藤さんについては、子どもを認知した上で養育費を支払っているものの、実際の育児には関わっていないとみられています。
3人の子供の父親と親権はどうなっているのか
3人の子どもたちの父親と現状を整理してみます。
| 子ども | 生年月日 | 性別 | 実父 |
|---|---|---|---|
| 第1子(長男) | 2005年11月 | 男性 | 柴田英嗣 |
| 第2子(長女) | 2008年3月 | 女性 | 柴田英嗣 |
| 第3子(三女) | 2016年6月 | 女性 | ファンキー加藤(婚外子) |
(2025年4月現在:長男19歳・長女17歳・三女8歳)
3人の子どもの親権はすべて二見直子さんが持っています。柴田英嗣さんとの子ども2人については、離婚成立後から二見直子さんが引き取り、ファンキー加藤さんとの間に生まれた子どもも含めて現在は4人で生活しています。
長男は大学生になっており、大学サッカーのゴールキーパーとして活躍しているという情報もあります。子どもたちがそれぞれ成長しているのは、やはりよかったと思います。
父親が違う子どもたちを一人で育て上げてきた二見直子さんの強さは、容易には想像しきれないものがあります。
ピコ太郎でブレイクした古坂大魔王のその後
ノーボトム!での活動を経て、古坂大魔王さんはその後どうなったのか。
2008年からお笑い芸人としての活動を本格再開した古坂さんですが、その後長らく「ブレイクの波」に乗れない時期が続いていたとも言われています。
しかし2016年、すべてが変わります。
「ピコ太郎」名義で公開したYouTube動画「Pen-Pineapple-Apple-Pen (PPAP)」が世界中でバイラルヒットを記録。YouTube総再生回数は6億回を超え、当時のジャスティン・ビーバーがツイートしたことでさらに拡散が加速しました。
「ピコ太郎」はあくまでも古坂大魔王さんが制作したキャラクターであり、「プロデュースしているだけ」というスタンスでの活動ですが、実質的に「ピコ太郎=古坂大魔王」として世間には広く認識されています。これ、今見返してみるとやっぱり絶妙なコンセプトですよね。
ノーボトム!時代から一貫して「音楽とパフォーマンスの融合」を追い求めてきた古坂さんにとって、ピコ太郎はその集大成とも言えるプロジェクトになりました。
現在は文部科学省・CCC大使や総務省・異能vation推進大使も務めるなど、エンタメの枠を超えた活躍を見せています。また、兄は銀行員、弟は東大卒の大学教授という才能豊かな家族に囲まれています。
古坂大魔王の妻・安枝瞳との結婚エピソード
古坂大魔王さんの現在の家族についても触れておきましょう。
2017年8月3日、古坂大魔王さんはタレントの安枝瞳さんと結婚しました。
安枝さんは1990年3月25日生まれで、古坂さんとは17歳の年齢差があります。2人の馴れ初めは番組での共演とされており、その縁から交際に発展し結婚に至ったそうです。
安枝瞳さんはグラビアアイドルとしてデビュー後、タレントとして幅広く活躍しています。2人のInstagramや各種メディアでの発信では、仲睦まじい夫婦の姿が伝わってきます。
子どもたちにも恵まれ、家族としての時間を大切にしている様子がうかがえます。古坂さんが育休を取った際のエピソードがYahoo!ニュース特集に掲載されており、「育児関与は2%だった」と反省しながら積極的に育児に関わるようになったというエピソードを語っています。……正直な自己申告がなんか笑えますよね。でも、そこから変わろうとする姿勢は素敵だと思います。
ノーボトム!という音楽ユニットでともに活動した二見直子さんと古坂大魔王さんは、その後それぞれまったく異なる人生の道を歩んでいます。
二見直子と古坂大魔王のまとめ
- 二見直子さんと古坂大魔王さんは、2003年に結成された音楽ユニット「ノーボトム!」のメンバーとして共演していた
- ノーボトム!はお笑いと音楽を融合させたエンタメユニットで、2004年7月にメジャーデビュー
- 古坂大魔王はユニットの全楽曲の作詞・作曲を担当したプロデューサー的存在
- 二見直子さんはNAONの芸名でダンサーとして活動し、2004年10月以降に脱退
- 2人が交際していたという噂はあるが、信頼できる証拠は確認されていない
- 二見直子さんと柴田英嗣さんの出会いに古坂大魔王が関わっていた可能性があると言われている
- 二見直子さんは2005年に柴田英嗣と授かり婚、長男と長女の2人の子に恵まれた
- 柴田との夫婦生活は柴田の女性問題など波乱続きだった
- 2014年末にファンキー加藤と飲み会で出会い、W不倫関係に
- 2015年5月に柴田英嗣と離婚、同年9月にファンキー加藤との妊娠が判明
- 2016年6月に週刊女性のスクープで不倫・妊娠が世間に発覚
- 柴田英嗣は「神対応」と呼ばれるほど冷静な対応で世間の称賛を集めた
- 二見直子さんは現在3人の子どもをシングルマザーとして東京都内の一軒家で育てている
- 古坂大魔王は2016年にピコ太郎のPPAPで世界的大ヒットを達成
- 古坂大魔王は2017年に安枝瞳と結婚し、現在も幅広く活躍中

