つる居美月の引退の理由は非公表!襟替え後に姿が見えなくなった経緯

つる居美月の引退の理由は非公表!襟替え後に姿が見えなくなった経緯

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京都・祇園甲部の屋形つる居にいた美月さん、いつの間にか名前を見かけなくなって「引退したのかな」と気になっている方は多いのではないでしょうか。

調べても答えが出てこないのには、実は花街ならではのはっきりした事情があります。

13歳で舞妓を志した女の子が、なぜ襟替えを境に姿を消したのか、公開情報だけを頼りに順を追って見ていきます。

この記事を読むとわかること
・つる居美月の引退の理由が公表されていない事情
・2020年10月の襟替え後に消息が途絶えた経緯
・花街で引退が発表されない仕組みと引き祝いという作法

つる居美月の引退の理由を検証

まず率直にお伝えすると、この疑問に「正解」を出せる公表資料は存在しません。

ただ、公開されている情報を丁寧に並べていくと、見えてくるものはかなりあります。

引退の公式発表は確認できない

はじめに結論です。

美月さんが芸妓を引退したという公式発表は、どこにも出ていません。

ここが検索してもモヤモヤが晴れない最大の理由なんですよね。

芸能人であれば所属事務所が「本日をもって引退いたします」というリリースを出しますし、スポーツ選手なら引退会見が開かれます。

ところが京都の花街には、そもそもそういう仕組みがありません。

芸妓さんは芸能事務所に所属しているわけではなく、屋形(置屋)とお茶屋を中心にした街の中で仕事をしているからです。

だから引退しても、ニュースにならないのが普通なんです。

ここを押さえておくと、「調べても出てこない」のは隠されているからではなく、そもそも発表する場がないからだと分かります。

引退が公になるのは例外的なケースだけ

とはいえ、報道された例がゼロというわけではありません。

同じ「つる居」の姉さん芸妓だった紗月さんは、2021年11月の引退が週刊誌のインタビュー記事になっています。

ただこれは、紗月さんが祇園甲部でも指折りの知名度を持つ芸妓で、NHKの密着番組が放送されるほどの存在だったからこその例外です。

裏を返すと、それくらいの知名度がなければ記事にはならないということでもあります。

引退を示す情報はどこにあるのか

では、「引退したらしい」という話はどこから来ているのでしょうか。

現時点で確認できるのは、公式発表ではなく次のような間接的な情報です。

情報源 内容 時期
Yahoo!知恵袋の質問 「襟替えから美月さんをお見かけしなくなった。調べても引退の情報もなく何をしているか分からない」 2023年2月
同上の回答 「現在も芸妓さんです。挨拶回りはしてないと思います」 同上
別のYahoo!知恵袋の回答 つる居について「さやかさん、さゆみさん、えりかさん以外の方はみなさん引退されています」 時期不明
祇園甲部・始業式の写真ブログ つる居からは紗矢佳・紗友美・恵里佳の3名のみ掲載。美月の名前なし 2023年1月

見ていただくと分かるとおり、「引退した」という回答と「まだ芸妓さん」という回答が両方存在していて、決着がついていません。

ただ、2023年1月の始業式の記録に名前が載っていないという点と、知恵袋で挙がった在籍者3名(さやか・さゆみ・えりか)が、始業式で紹介された紗矢佳さん・紗友美さん・恵里佳さんと一致している点は気になります。

この2つが符合しているということは、少なくとも表に出る場からは距離を置いた状態が続いている、とは言えそうです。

ここから先は筆者の見立てになりますが、正式なアナウンスがないまま静かに街を離れるというのは、花街ではごく普通の去り方です。

2020年10月20日の襟替えが最後の節目

美月さんの動きを追ううえで、いちばんはっきりしている日付がここです。

2020年10月20日、美月さんは舞妓から芸妓へ襟替えしました。

襟替えというのは、舞妓を卒業して一人前の芸妓になる儀式のこと。

当日は黒紋付き姿でお茶屋などへ挨拶回りをするのが習わしで、美月さんもその日にひと通りの挨拶を済ませています。

見た目にも変化があって、舞妓時代は地毛を結い上げていたのに対し、芸妓になると鬘を用いるようになります。

この日の挨拶回りは、花街を撮影しているブロガーによって最初から最後まで記録されました。

襟替えは本来5月の予定だった

ここ、実は少し引っかかるポイントがあります。

美月さんの襟替えは、もともと2020年5月に予定されていました。

それがコロナの影響で延期になり、10月にずれ込んだんです。

2020年春といえば、京都の花街がまるごと止まっていた時期でした。

祇園甲部の春の風物詩である「都をどり」も中止になり、お茶屋も休業や営業自粛を迫られていました。

一人前の芸妓としてスタートを切るその瞬間に、街の機能そのものが止まっていたということです。

……これはきつかっただろうな、と思います。

何年も稽古を重ねてようやくたどり着いた節目が、半年も先送りになってしまったわけですから。

襟替え後に姿が見えなくなった経緯

問題はここからです。

2020年10月に芸妓になったあと、美月さんが公の場に出てくる情報がぱたりと途絶えます。

2023年2月にYahoo!知恵袋へ投稿された質問には、こう書かれていました。

「2020年頃の襟替えから美月さんをお見かけしなくなってしまったのですが、調べても彼女が芸妓を引退されたとの情報もなく何をしているか分かりません」

さらに補足として「2020年以降、八朔や始業式後の挨拶回りでもお見かけできておらず、他の方もお写真等をあげていなかった」とも書かれています。

八朔も始業式も、祇園の芸舞妓が一斉に街を回る年中行事です。

その場に2年以上姿がなかったというのは、かなり大きな意味を持ちます。

「引退したのか分からない」状態が続いた理由

なぜ、こんなに情報が出てこないのでしょうか。

理由はシンプルで、花街には引退を告知する媒体がないからです。

芸妓さんが街を去るときは「引き祝い」と呼ばれる挨拶回りをします。

男衆と一緒に、お世話になったお茶屋などへ御礼を告げて回るという、あくまで街の中で完結する儀式です。

そこにマスコミが呼ばれることはありませんし、SNSで公表する義務もありません。

つまりファンの側から見ると、ある日を境に姿が見えなくなるだけ、というのが花街の普通なんです。

これ、なんだかもどかしいですよね。

コロナ禍が花街に与えた影響

理由を推し量るうえで、外せない要素がコロナ禍です。

美月さんが襟替えした2020年から2021年にかけて、京都の花街は歴史的な打撃を受けていました。

出来事 内容
都をどりの中止 明治から続く祇園甲部の春の公演が2020年・2021年と2年連続で中止
お茶屋の休業 2020年春先から休業や営業自粛を迫られた
接客スタイルの変化 白塗りの化粧の上からマスクを着けるなど、宴席のあり方が変わった

芸妓の仕事は、お座敷で人と会って芸を披露することです。

その根っこの部分が、まるごと成立しなくなったわけですね。

実際、姉さん芸妓の紗月さんは引退の決め手についてこう語っています。

「う~ん、全部をコロナのせいにはしたくはないんですけど、でもやっぱり大きかったなあ」

新しくあつらえた着物も、稽古を重ねた舞も、披露する場がない。

営業が再開されても心に「もやもや」が残った、とも語られていました。

同じ屋形の先輩が去った時期と重なる

ここで時系列を整理してみます。

美月さんが襟替えしたのが2020年10月、紗月さんが引き祝いをしたのが2021年11月です。

美月さんは、そもそも「紗月さんがいるから、つる居に入りたい」と決めて入店した人でした。

その憧れの先輩が街を去ったタイミングと、美月さんの消息が途絶えた時期はほぼ重なります。

もちろん、これを直接の理由と決めつけることはできません。

ただ、芸妓になったばかりで街全体が止まっていて、目標にしていた先輩もいなくなった。

そういう時期だったという事実は、押さえておいてよいと思います。

テレビ番組を卒業したタイミング

もうひとつ、姿が見えにくくなった実務的な理由があります。

美月さんは長くテレビ番組に出ていた舞妓さんでした。

J:COMが制作していた「恋舞妓の京都慕情」という情報番組で、つる居に所属する舞妓のユニット「恋舞妓」の一員として、京都の観光地やグルメ、ショップを紹介していたんです。

出演期間は2016年6月放送分から2020年6月放送分まで

4年間にわたってレギュラー出演していたことになります。

そして2020年6月、襟替えの準備に入るため番組を卒業しました。

このときは「美月卒業スペシャル」という特別編が組まれ、秘蔵VTRや思い出深いロケを振り返る内容が放送されています。

番組そのものが2021年12月に終了した

さらに追い打ちをかけるように、番組自体も2021年12月で放送を終えています。

2010年6月にスタートして11年半続いた長寿番組でした。

レギュラー番組を卒業し、その番組自体もなくなったことで、外から美月さんの近況を知る窓口が完全に閉じてしまったわけです。

「引退したのか分からない」という状態は、こういう積み重ねの結果でもあるんですね。

花街では引退が公表されない理由

ここまで何度か触れてきましたが、あらためて整理しておきます。

京都には五つの花街があり、そのなかで祇園甲部が最大規模です。

芸妓と舞妓を合わせて100人近くが所属しています。

この街の仕組みは、芸能界とはまったく別物です。

芸能界 京都の花街
芸能事務所が所属 屋形(置屋)に所属
引退時にリリースを配信 引き祝いで関係先を挨拶回り
会見・SNSで本人が発表 街の中で完結し外部に告知しない
メディアが報道 報道されるのは例外的な有名人のみ

こうして並べると、情報が出てこない理由がはっきりします。

引退が伏せられているのではなく、公表するという発想自体が存在しないということです。

だからこそ、ファンの側は始業式や八朔といった年中行事の写真を頼りに、誰がまだ街にいるのかを確かめるしかありません。

ちょっと切ないですが、これが花街との付き合い方なんですよね。

ファンの間で交わされている声

最後に、周囲がどう受け止めているのかを見ておきます。

Yahoo!知恵袋には、美月さんの消息を尋ねる質問が実際に投稿されていました。

質問者は「調べても引退されたとの情報もなく何をしているか分かりません」と書いていて、SNSの写真も途絶えていると訴えています。

わざわざQ&Aサイトに聞きに来るくらい、気にしているファンがいたということですね。

これに対する回答は「現在も芸妓さんです」というもので、少なくとも当時は引退が確認されていなかったことが分かります。

一方で、つる居の芸舞妓の現況を尋ねた別の質問では、在籍者を3名だけ挙げ、それ以外は引退したという趣旨の回答がついていました。

どちらも一般の投稿者による回答なので、そのまま事実と受け取ることはできません。

ただ、答えを求めている人がずっといるという事実は伝わってきます。

……なんというか、こういうところに花街のファンの距離感が出ている気がします。

騒ぎ立てるのではなく、静かに近況を知りたがっている。

そういう見守り方をされている人だった、ということなのだと思います。

つる居美月の引退の理由を調べる人向けの関連情報

ここからは、美月さんや「つる居」まわりで一緒に検索されることの多いテーマをまとめます。

花街の仕組みが分かると、引退の話もぐっと理解しやすくなりますよ。

舞妓としてデビューするまでの経歴

美月さんがどんな経緯で舞妓になったのかは、本人がインタビューで語っています。

きっかけは、なんと13歳の頃だったそうです。

その頃から「伝統芸能を仕事にしたい」と考えていて、インターネットで検索するうちに舞妓という職業を知ったといいます。

そして数ある屋形の中から「つる居」を選んだ理由が、これまた印象的なんですよね。

「舞妓さんの中でも一番綺麗だと感じた紗月さんのいる『つる居』へ」

つまり、憧れの舞妓さんがいる屋形を自分で選んだということです。

ご両親と一緒に面接に訪れ、中学校を卒業してすぐに舞妓の世界へ入りました。

中学を出たばかりの女の子が、自分で調べて自分で行き先を決めたわけです。

これには正直、驚きました。

舞妓時代に語っていた仕事への思い

2019年5月に公開されたインタビューでは、舞妓という仕事についてこう語っています。

「20歳までという年齢制限のある舞妓という仕事は、今しか出来ないこと」

だからこそ、舞妓のときにしかできないヘアメイクや、着られない衣装を存分に楽しんでいるのだと話していました。

稽古の内容についても触れられていて、日本舞踊と小唄に加え、当時は一年前から始めた鼓の稽古にも励んでいたそうです。

イベントでは「六段くずし」と「祇園小唄」の2曲を舞披露しています。

化粧についても「今日は自分好みの黒めの眉にしてみました。アイシャドウにも拘っています」と語っていて、日々の仕事を楽しんでいる様子が伝わってきます。

……この時期の言葉を読むと、余計に「その後どうしているんだろう」と気になってしまいますね。

置屋つる居はどんな屋形なのか

美月さんが所属していた「つる居」についても整理しておきます。

つる居は京都・祇園甲部にある屋形(置屋)です。

複数の舞妓・芸妓を抱えていて、J:COMの番組「恋舞妓の京都慕情」に出演していたユニット「恋舞妓」も、代々つる居の舞妓で構成されてきました。

つる居に関わる芸舞妓 状況
紗月 2011年舞妓デビュー、2015年芸妓、2021年11月引退
美月 2016年から番組出演、2020年10月襟替え
あす佳 2018年6月放送分より番組出演
紗矢佳・紗友美・恵里佳 2023年1月の始業式で紹介された在籍者

番組が2010年から2021年まで続いたこともあって、つる居は京都の屋形のなかでも露出が多いほうでした。

だからこそ、そこに所属していた美月さんの消息が気になる人も多いのだと思います。

憧れた姉さん芸妓・紗月の引退

美月さんが入店の決め手にした紗月さんについても触れておきます。

紗月さんは1994年に大阪府で生まれ、中学卒業後に祇園甲部の「つる居」へ入りました。

2011年に舞妓デビューし、2015年に芸妓へ。

そして花代が最も多い芸妓に贈られる「売花奨励賞」の1等を、舞妓時代から7年連続で獲得しています。

これは相当な記録で、祇園甲部を代表する人気芸妓だったことが分かります。

SNSを積極的に使ったり、ファンと海外へ撮影ツアーに出かけたりと、しきたりを重んじる花街のなかで新しい試みにも挑戦していました。

NHKで1年間の密着番組も放送されています。

その紗月さんが引き祝いをしたのが2021年11月1日、当時27歳のときでした。

引退の背景にはコロナ禍の影響と、そのころに結婚を決めたことがあったと本人が語っています。

舞の師匠である京舞井上流五世家元で人間国宝の井上八千代さんからは、「胸を張って、堂々と元芸妓と言えるように。何かあれば手伝ってほしい」と声をかけられたそうです。

なんか、じんわりしますよね、この言葉。

舞妓から芸妓への襟替えの意味

美月さんの話に何度も出てくる「襟替え」について、あらためて説明しておきます。

襟替えとは、舞妓を卒業して一人前の芸妓になることです。

舞妓には20歳前後までという年齢の区切りがあり、その先へ進むときにこの儀式を経ます。

項目 舞妓 芸妓
地毛を結い上げる 鬘を用いる
立場 修行中の身 一人前
年齢の目安 おおむね20歳前後まで 年齢制限なし

襟替えの当日は黒紋付き姿でお茶屋などを挨拶回りするのが習わしです。

つまり襟替えは引退ではなく、本来はここからが芸妓としての本番だということです。

美月さんの場合、その本番のスタート地点が2020年10月でした。

ここを誤解して「襟替え=卒業=引退」と受け取ってしまう人もいるので、区別しておきたいところです。

芸妓の引退にともなう引き祝いとは

最後に、花街の引退の作法について触れておきます。

芸妓さんが円満に花街を去るときは「引き祝い」と呼ばれる儀式を行います。

普段、芸妓や舞妓の着物を着付ける男衆と一緒に、世話になったお茶屋などを回って御礼を告げるというものです。

紗月さんの場合は2021年11月1日に花見小路を歩き、着物姿で挨拶回りをしていました。

このとき本人は「ホッとした気持ちと、ほんまに終わったのかって気持ちとがありますね。ちょっぴりさみしいなあって」と語っています。

引き祝いはあくまで街の内側で完結する行事なので、外部に告知されることはありません。

美月さんが引き祝いをしたのかどうかも、公開情報からは確認できません。

このあたりが、検索しても答えが見つからない一番の理由になっています。

つる居美月の引退の理由のまとめ

  • つる居の美月について引退の公式発表は確認できない
  • 引退理由を本人が語った記事やインタビューも存在しない
  • 京都の花街には引退を告知する仕組みそのものがない
  • 芸妓は芸能事務所ではなく屋形(置屋)に所属している
  • 引退時は「引き祝い」で関係先を挨拶回りし、外部には告知しない
  • 2020年10月20日に舞妓から芸妓へ襟替えしたことは確認できる
  • 襟替えは当初2020年5月の予定だったがコロナで延期された
  • 襟替え後、八朔や始業式などの場で姿が確認できなくなった
  • 2023年2月の知恵袋では「現在も芸妓」との回答があった
  • 別の知恵袋では在籍者3名以外は引退したという趣旨の回答もあり情報が食い違っている
  • 2023年1月の始業式の記録につる居の在籍者として名前はない
  • J:COM「恋舞妓の京都慕情」には2016年6月から2020年6月まで出演した
  • 番組卒業の理由は襟替えの準備に入るためとされている
  • 番組自体も2021年12月に放送終了し近況を知る窓口がなくなった
  • 憧れて入店した姉さん芸妓・紗月は2021年11月に引退している

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